【この章で学ぶこと】
・2つの「マインドセット」の違いと、それらの「成長」に与える影響について理解する。
第3章では「成長」の定義について説明しました。「成長」とは「能力的成長(新たな知識・スキルの獲得とそのアップグレード)」と「精神的成長(ストレス耐性の向上、世のため・人のための想いを強くすること)」の二つです。第4章〜第6章にかけて、どのようにすれば成長できるのか、成長は何によってもたらされるのか、「成長のメカニズム」について説明していきます。
伸びしろが大きい人とは?
求める人材像として「伸びしろが大きい人」と掲げている企業はたくさんあります。では「伸びしろが大きい人」とはどのような人のことを言うのでしょうか? それは決して「成長の余地が大きい人」を意味しているのではないと考えます。どんなに人を見抜く力があっても、短時間で「成長の余地」が大きいかどうかを見抜くのは大変難しいことです。「伸びしろが大きい人」というのは、「成長のメカニズム」を正しく理解し、「成長」に必要なマインドセットを持ち、「成長」するための行動を持続し、実際にそれまでに「成長」を遂げてきた人のことだと考えます。「成長」のスピードは関係ありません。会社に入社するまでに「成長」を遂げてきた人は、入社後も同じように「成長」を持続していく可能性は高いと言えます。これが「伸びしろが大きい人」が意味していることだと考えます。
したがって、第4章〜第6章までの「成長のメカニズム」のパートは極めて重要です。第4章は、その中でもコアとなるマインドセット(心の持ちよう)について説明します。参考文献に記載したキャロル・ S・ドゥエックの『マインドセット−「やればできる!」の研究』は、是非読んでいただきたい一冊です。
この言葉の出典は定かではありません。出典は、アメリカの哲学者/心理学者であるウィリアム・ジェームズとも、ヒンズー教の教えとも言われています。出典はさておき、この名言を座右の銘にしている人は多いようです。たとえば、元巨人・メジャーリーガーの松井秀喜氏は、高校時代の恩師からこの言葉を贈られ、座右の銘にしてきたそうです。
この言葉は、「心」が変われば、最終的に「運命」すなわち「人生」が変わる、ということを言っています。つまり、心の持ちようが大事であり、「自分次第で運命/人生を変えることができる」ということを意味しています。では「心」は何を意味しているのでしょうか?
この言葉の中の「心」とは何を意味しているか考えてみてください
私は、ここでいう「心」は「マインドセット」のことを指し、「心が変われば」というのは「Fixed Mindset」が「Growth Mindset」に変わることだと考えます。
したがって「マインドセット」を変えることはそう簡単なことではありません。だからこそ「マインドセット」を変えることができればその効果は計り知れないと言えます。この言葉が名言として語り継がれているゆえんなのです。
「Growth Mindset」と「Fixed Mindset」は、20年以上にわたり「マインドセット」と「成長」の関係について研究してきたスタンフォード大学心理学教授のキャロル・S・ドゥエックによって定義されたものです。私も20年以上、商社の人事で、成長を続ける人/成長が止まってしまう人を見てきましたが、この「Growth Mindset」「Fixed Mindset」の理論はかなり共感できるものです。
人間は、なぜ考え方も、行動の仕方も、生き方も一人ひとり異なるのかについて、昔から研究されてきました。そのような差異は遺伝子によるものであるという主張と、生まれ育った環境や教育等によるものであるという主張に、大きく分かれてきましたが、最近の大多数の専門家の見解はそのいずれかではなく、それらは互いに影響を与えながら人間は成長するというところに落ち着いているようです。
キャロル・S・ドゥエックは、このような学問上の論争はさておき、「能力」や「人間的資質」は変わるものと「信じる」のか、そもそも変わらないものであると「信じる」のかによって、その人のその後の「成長」の度合いが大きく変わってくると主張しています。勉強・スポーツ・ビジネス・芸術・人との付き合い・コミュニケーション等さまざまな領域において、
「Growth Mindset」の持ち主は、「能力」や「人間的資質」は変えることができると信じているので、継続的に努力することができ、大きな成長を遂げます。一方、「Fixed Mindset」の持ち主は、「能力」や「人間的資質」は生まれつきのものであり、変えることができないと信じているので、自分の能力を誇示し、自分が優秀だと示すことばかりに気を取られてしまうというのです。
この二つの「マインドセット」は、「能力」や「人間的資質」に対する考え方が正反対ですから、これらの「マインドセット」を起点とするその後の「行動」も正反対となり、そのことが「成長」に大きな影響を与えるというのです。
「Growth Mindset」と「Fixed Mindset」の人とでは、行動にどのような違いがあると思いますか?
下の表は、二つの「マインドセット」の特徴を整理したものです。「マインドセット」が起点となり、その後の「挑戦」「障害」「努力」「批判」「他人の成功」に対応する「行動」が大きく異なることになり、結果的に「成長」に大きな差が生まれるということになります。
突然ですが、マイケル・ジョーダンという人を知っていますか?マイケル・ジョーダンは1990年代を代表するNBAの世界的スーパースターです。ジョーダンは生まれながらにしてのバスケットボールの天才だったのでしょうか?答えはNoです。
マイケル・ジョーダンが出演するNIKEの有名なCMを紹介します。『Failure』というタイトルです。
スポーツの世界では「生まれながらの天才」という言葉をよく聞きます。しかし、実際に成功している人は、マイケル・ジョーダンのように、失敗や批判から多くのことを学び、継続的に努力している人だと言えます。逆に、天才と呼ばれ将来を嘱望された人でも、努力を怠れば、長きにわたり成功し続けることはできません。
さきほども述べたように、「マインドセット」とは「習慣化された思考と、その思考に基づく習慣化された行動」であり、「無意識のうちに繰り返しおこなう思考や行動のパターン」のことを言います。
したがって、相当意識しないと自分がどちらの「マインドセット」なのかに気づかないでしょう。そもそも「Growth Mindset」と「Fixed Mindset」の2種類の「マインドセット」があるということすら知らない人も多いと思います。自分が「Growth Mindset」と「Fixed Mindset」のどちらなのかに気づくか気づかないかが、その後の「成長」の別れ道になると考えます。私はニューヨーク駐在中に、キャロル・S・ドゥエックの『mindset : the new psychology of success』(冒頭で紹介した本のオリジナル版)に出合い、「マインドセット」について勉強し、感銘を受けました。
自分自身が今までどちらの「マインドセット」であったのかについて振り返ってみました。ご参考までに共有します。
小学時代:Growth Mindset
小学校の時は、たいして勉強しなくても成績は良く、運動神経も抜群でした(自分で言うのは恥ずかしいですが)。学校の成績はほぼオール5でした。リーダーシップもあり、クラスの学級委員長や少年野球チームのキャプテンを自らすすんでおこない、常にグループの中心にいました。私は、興味を持ったことに没頭するタイプの子供でした。たとえば、公文に通っていましたが、人よりも先のレベルに進むことをいつも目指していましたし、TVの旅行番組を見て海外に興味を持ち、すべての国名と首都名を覚えました。できなかったことができるようになることや、知らなかったことを知ることに喜びを感じていました。
中学時代:Fixed Mindset
地元の公立中学校に進学しましたが、勉強の成績は引き続き優秀で、常に学年で5番以内でした。一方で、部活動は小学生の時に始めた野球部に入部しましたが、野球では今振り返ると完全に「Fixed Mindset」でした。本来楽しいはずの試合は、雨で中止になることを願ってましたし、試合では「ボールが飛んで来ないでくれ」「打席が回って来ないでくれ」とネガティブに考えていました。部活を途中で辞めることもできましたが、途中で辞めてしまうと「自分がダメな人間」であるように思えてしまい、結局嫌々ながら最後まで続けました。早く3年生の夏になって引退したいと思い、引退の日を指折り数えていました。野球部の監督が、かなり厳しい人だったという要因も大きかったと思いますが、得意であった野球で「ミスしたくない」「下手だと思われたくない」という気持ちが強かったのだと、今振り返ると思います。
高校時代:Fixed Mindset
高校は、地元で一番の公立高校に進学しました。今度は勉強で挫折しました。1年生の1学期は、中学時代からの蓄積がありそれなりの成績でしたが、それ以降成績は下降するばかりでした。それを認めたくないがために、授業をさぼり、「授業に出席しなかったから成績が悪くなった」と言い訳をするようになってしまいました。気づいたら成績は下から数えた方が早いぐらいにまで下がり、結局、現役の時は1校も大学に合格することができませんでした。
浪人時代:Growth Mindset
浪人時代にやっと目が覚めました。中学校の野球での挫折や大学受験の失敗を通じて、能力は生まれつき与えられたものではなく、継続して努力しないと成長はできないということを初めて認識しました。そこから自分の行動が変わりました。浪人時代は、現役で合格した同級生のことを気にすることもなく、自分の弱い分野を素直に認め、その課題を克服すべく毎日10時間以上勉強を続けました。その結果、直前の全国模試の順位は一桁にまで上り、1年間の浪人ののちすべての志望校に合格することができました。
大学時代:Growth Mindset
大学では、中学時代のトラウマもあり体育会には所属せず、また、サークルの華やかな雰囲気にも馴染めませんでした。再び「Fixed Mindset」に引き戻されそうになりましたが、沢木耕太郎のユーラシア大陸放浪記『深夜特急』を読み、自由気ままな旅にあこがれ、バックパッカーとして、アジアやヨーロッパを旅するようになりました。言葉や文化・風習の違いにより、楽しいことより苦労することの方が多かったです。また、当時はインターネットが普及していませんでしたので、情報源は『地球の歩き方』以外はほとんどありませんでした。詐欺まがいにあったこともありました。それでも、一つ一つ困難を乗り越え、心も体も解放されていく感覚は快く、かつてないものでした。慣れ親しんだ日常を飛び出し、たくさんのことを学ぶことができました。
勉強については、計量経済学のゼミに所属し、「電気自動車の普及に伴う経済効果とCO2排出量削減」に関する卒論を書きました。当時、電気自動車は技術的には実用化されていましたが、まだまだ製造コストは高く、普及へは長い道のりでした。環境に優しいと言われている電気自動車が普及するには何が必要か、定量的に分析したいというのが動機でした。指導教授から多くのことを学びましたし、卒論を書き上げるプロセスでさまざまなことを学びました。具体的には、仮説を立て検証する力、情報・データを収集・分析・解釈する力、自分の考えを論理的に構築していく力、人にわかりやすく伝える力などです。自動車メーカーに話を聞きにいくなど、主体的に動いていたことを覚えています。
商社時代:基本的にGrowth Mindset(時々Fixed Mindset)
私は商社に入社後、人事部に配属となりました。「人材が資産」である商社において、人事部の果たす役割は極めて大きく、経営の一翼を担うという気概を持って、仕事にも勉強にも全力投球してきました。基本的に「Growth Mindset」でしたが、2回ほど「Fixed Mindset」に陥りそうになりました。それは、日本で初めてマネージャーとして部下を持った時と、ニューヨークで現地スタッフの部下を持った時です。部下の中には、1つのことを言って10できる人と、10のことを言っても7しかできない人がいます。そうすると、どうしても前者に仕事を任せ、前者により多くの成長機会を与える傾向となってしまいました。それは後者を「Fixed Mindset」的な見方で見てしまったからだと思います。今となっては「マインドセット」が成長に大きな影響を与えることを学んだので、意識して「Growth Mindset」となるように注意しています。
起業後:Growth Mindset
2019年9月に(株)ザ・ビヨンドを設立し、「自分の人生に真剣に向き合っている大学生の成長支援を通じて、世の中の課題を解決できる人材を創る」をミッションに掲げ、毎日モチベーション高く働いています。商社時代とは異なり、起業し自分で会社を経営するとなると、すべてのことを理解・把握する必要があります。毎日が勉強です。また、自分の事業に対して、商社パーソン・大学関係者・学生のみなさんからポジティブ・ネガティブにかかわらずたくさんのフィードバックを受けたいと考えています。自分自身、生涯「成長」を続けていきたいと願っています。
自分自身の「過去」と「現在」を振り返り、それぞれのステージにおいて自分が「Growth Mindset」か「Fixed Mindset」か、根拠とともに整理してください。
私の人事部での最初の仕事は新卒採用でした。その時の経験をお話しします。
内定者の中には、面接官全員から高い評価を受け、将来を大きく期待された人もいれば、面接官の評価は割れ、ボーダーラインに位置づけられ、欠員補充的に繰り上げ合格となった人もいます。では入社後、前者は後者に比べてより活躍することになったのでしょうか? 答えは必ずしもそうではありません。入社後、活躍するかどうかは、面接時点の評価と必ずしも相関関係にないように思います。では何が影響しているかというと、やはり「Growth Mindset」を持っているかどうかです。商社に入ると、より高度で、より複雑で、より幅広いことを学び続けなければなりません。「Fixed Mindset」の人でも、もともとの能力が高ければ、ある程度の時期・レベルまでは何とかなりますが、途中で伸び悩み、成長はどこかでストップしてしまいます。一方、入社時にパッとしていなくても「Growth Mindset」の人は、仮に成長のスピードが遅かったとしても着実に成長し続け、時代の変化にも見事に対応していきます。このような事例を何人も見てきました。
このように「Growth Mindset」の人は成長を続けていきますが、逆に「Fixed Mindset」の人は入社後どうなってしまうのでしょうか?
①成長カーブの鈍化
一つ目は、繰り返しになりますが、「成長カーブの鈍化・ストップ」が見られるようになります。「Fixed Mindset」の人は、自分の能力を誇示し、自分が優秀であることを周囲に示そうとします。商社に合格できる人はもともとの能力は高いはずですから、ある程度までは活躍でき、ある程度のポジションまでは就けると思われます。しかし、商社では学ばないといけないことがたくさんありますので、どこかで伸び悩み、成長のカーブは頭打ちとなり、同期との差がドンドン開いていきます。「Fixed Mindset」の人に成長を期待して研修を勧めても、「自分はできるから受ける必要はない」「別の人に研修の機会を与えてほしい」と言って、せっかくの成長機会を辞退してしまいます。その結果、知識・スキルのアップグレードはなされず、それらはどんどん陳腐化し使いものにならなくなってしまいます。
②部下や周囲への影響
二つ目は、部下や周囲に悪影響を与えるということです。「Fixed Mindset」の人でも、もともとの能力が高ければ、課長ぐらいまでは昇格できると思われます。でも「Fixed Mindset」の人が課長になってしまうと、部下は悲惨な思いをします。というのも課長の重要な役割の一つに部下の成長支援がありますが、人の「能力」や「人間的資質」は変えることができないと信じているため、部下の成長に無関心となってしまうためです。
③不正につながる恐れ
三つ目は、不正を誘発することにつながりかねないということです。商社に入るとうまくいかないことの方が多いかもしれません。「Fixed Mindset」の人は、自分の優秀さを誇示しようとしますので、自分が犯したミスや失敗を認めたくないという思いが人一倍強いはずです。ミスや失敗を犯した時に、それを隠したりウソをついたりする可能性があり、それが不正につながる恐れがあります。コンプライアンスが声高に叫ばれている昨今、「Fixed Mindset」の人は、成長力が低いということにとどまらず、会社としてコンプライアンス違反のリスクを抱えることになります。一方、「Growth Mindset」の人は、ミスや失敗を素直に認め、まずは被害を最小限にしようと試みます。また、次に同じようなミスや失敗をしないためにどうすれば良いかを考えるのです。
では、「Growth Mindset」になるためには、何をしたらよいでしょうか?
①まず一番大事なのが、「Growth Mindset」と「Fixed Mindset」の違いについて深く理解し、「Growth Mindset」が「成長」につながるという事実を認識することです。
②次に、自分が現在「Growth Mindset」なのか「Fixed Mindset」なのかを客観的に正しく認識することです。他人の意見を聞いてみるのも良いと思います。
③最後に、プライドが傷ついたり、しんどい思いをすることを恐れないということです。新しいことにチャンレンジしたり、失敗したり、他人からネガティブなフィードバックを受けるのは結構しんどいものです。でも「成長」するためには、そこから逃げてはいけません。
商社パーソンは、どんなことでも一定程度こなせないと務まりません。入社後は「Growth Mindset」を持ち、成長し続けることが求められますので、大学時代からマインドを「Growth Mindset」に切り替え、行動を開始することが望まれます。会社ではよく、「謙虚さ」と「高いプライド」を対義語として使うことがありますが、「謙虚さ」とは「Growth Mindset」をあらわし、「高いプライド」は「Fixed Mindset」をあらわしているものと思います。
【まとめ】
・「Growth Mindset」と「Fixed Mindset」の違いを理解し、「Growth Mindset」が「成長」を促すと心得る。
・自分がどちらの「マインドセット」なのか客観的に理解する。
・プライドが傷ついたり、しんどい思いをすることを恐れない。すべては「成長」につながると考える。